ダイラタンシーはテストに出ます

参謀とかブレインとか言われる人が好きな人がだらだらしゃべっています。

星の王子さま考察

やっぱり無理だった!!

 

あんなアルバムを出されたら考察したくなっちゃうじゃないか!!はてなブログお休みすることなんてできないよ!!

というわけでいきます。「星の王子さま」考察。びっくりするほど長いよ…。書いている本人も終わりが見えなくて半べそになったよ…。それでも何で書くのかって?NEWSさんが好きだからさ!!では参りましょう。

 

題名からもわかる通りこの曲のモチーフとなっているのはサン・テグジュペリ作「星の王子さま」。可愛らしいイラストと深いメッセージ性を持つこの作品は1945年に出版されて以来、世界中の多くの「こども」たち、そしてかつては「こども」だった大人たちに愛され続けています。そんなこの作品を加藤さんがソロ曲の題材にしたことによってさらに多くの人がこの作品に愛情を注ぐことになるでしょう。そのことはイチ本好きにはとてもつもなくたまらないことで。加藤さんという入り口からまた多くの人が「本」という果てしなく広い、それでいて魅力が沢山詰まった世界に飛び込んでくれる。本好きにとってこんなに幸せなことはありません。

 

そしてこの作品は「星の王子さま」という主人公を「ぼく」という飛行士の視点から綴られていきます。ちょっとわかりにくいことですが涼宮ハルヒシリーズのハルヒキョンの関係性と言ったらわかるでしょうか。主人公と語り手が違うこの作品。ではソロ曲の「星の王子さま」はいったい誰目線で書かれているのでしょう。やはり、王子さま?飛行士?それともバラ?私は飛行士目線ではないかと考えています。その大きな根拠となる点は歌詞のある部分なのですが。それは後々説明していきたいと思います。

 

それとは別に個人的に本の「星の王子さま」はテゴシゲをイメージさせる何かがあると思っています。この作品に出てくる王子さまは真っ直ぐで芯のある人物です。そしてその芯はしなやかでありながら、しっかりとしているものです。皆が皆持ちたくても持てない芯を持ちながら、答えの見えない正解を探し続ける姿は常に前を向き続ける手越さんにそっくりです。そしてその王子さまを一人の人間として、そして大切な友人として慈しみ、交流する飛行士。王子さまの言葉を大切にしながらもその風景、メッセージを丁寧に自身の言葉で色付けする彼は言葉を操るのに長けている加藤さんのようです。そう考えるとこの二人の登場人物が二人に見えてくるのです。また、この王子さまは作者サン・テグジュペリの中のもう一人の自分と言われています。なりたかった自分、なれなかった自分。そういう憧れや希望が集まってつくりあげられた王子さま。その関係は加藤さんと手越さんの関係を彷彿とさせます。お互いが持つ自分にないものを憧れながら自分も相手も大切にするその姿は私にはこの2人が重なってみえて仕方がありません。

 

ということで「加藤さん、飛行士っぽくね?」「じゃあこの曲、飛行士目線じゃね?」という視点から歌詞のお話をしていこうと思います。また、言葉を武器にしている人(加藤さんは勿論、嵐の櫻井さんも)が書く歌詞って一つのフレーズに幾つもの意味を込めていて。だから聞き間違えて新たな意味を見出すことにこの上ない至福を感じるのですが。ということでこの曲も例に漏れず見出しています。あと発音フェチなので韻の話も延々とします。ではいきましょう。

 

 

Look at the sky

直訳すると「空を見て」。つまり空に光る星、王子さまを見てということです。最初この曲を聴いたときskyをguyと聞き間違えて。その場合、「彼を見て」ということになるわけですがそれでもどちらも王子のことを指しています。ということは二つの言葉で一つの意味を持たせているということになります。なんて贅沢な言葉の使い方なんでしょう。ド頭からフルスロットルでテクニックを使ってくる加藤さんが愛おしいです。

 

聴こえるかい 飛行士の願い

「きこえる」の部分が「聞こえる」ではなく「聴こえる」なところが言葉を武器にしている人らしいこだわりだなと感じました。勝手に耳に入ってくる「聞く」ではなく意識して耳を傾けるという意味を持つ「聴く」。それを「聴こえる」ではなく「聴こえるかい」というただの問いかけではなくおじいちゃんが孫に問いかけるような口調でたずねるところがまた加藤さんの優しさが滲み出ていてたまらないです。そして「飛行士」の部分が「星」と聴こえることで飛行士だけでなく、王子さまの願いであるとも取ることができます。また、ここまでの空にまつわるフレーズ達はただの空好きとしてはたまらないところがあります。

 

世界がすべて正解じゃない

ザ・加藤シゲアキ節!!とも言えるこの言葉。まさにこの世の真理!!おっしゃる通りです、加藤さん!!と言いたくなります。「大切なものは、目に見えない」。この本の中で最も有名なフレーズを思い浮かべさせるこの歌詞。もう少し突っ込んでみると「自分が見える世界が全てではない」ということでしょうか。それは「自分が思っているよりも世界は優しい」と仰った加藤さんが歌うことでさらに深みを増しているように思えます。

 

In the starlight たゆたい

先程の現実的な歌詞とはうってかわって一気に幻想的なこのフレーズ。このギャップによってどちらのフレーズの良さもより一層際立ちます。また、この歌詞があることでこの曲や原作のこどもっぽさ、おとぎ話っぽさを出してくるところが加藤さんらしいなと感じます。そしてDreamcatcherみもあるフレーズだなと個人的に思っていたりいなかったり。

  

謳いづつけていく ララ このフレーズ

 「うたい」の字が「謳い」なのがニクい。加藤さんらしさ爆発。「こういうところ好きでしょ?」と片頬を上げて笑う加藤さんがすぐに想像できます。悔しいことにどストライクなんです。物凄く好き。「あぁ、加藤さんの手のひらに転がされているな…」と痛切に感じます。ちなみにこの字だと歌唱するという意味ではなく賛美するという意味になるのですがそれによって加藤さんの作者のサン・テグジュペリ、そしてこの作品に出てくる登場人物たちへの尊敬の念を感じることができます。またここの部分が「歌い続けていく?ならこのフレーズ」という風にも聴こえて聴き手に宣言しているようにも捉えることができるのが好きです。あと、この「フレーズ」の部分が「フレェズ」と聴こえる所は加藤担さん皆好きだと思っています。ああ、可愛いなって。愛おしいなって。ハッキリとした理由はわからないけど凄く感じる部分です。本能が反応しているのですかね。

 

 

ここまでの歌詞で韻を踏んでいるのは「sky」「聴こえるかい」「願い」「世界」「正解」「じゃない」「starlight」「たゆたい」「謳い」の9ヶ所でのAI。5行でここまでの韻を踏みながらもしっかりと文章として成立しているところが言葉で遊び慣れているなと感じます。

 

 

 

瞳閉じて 耳澄ませ

 このフレーズでも「大切なものは、目に見えない」の姿が見え隠れしています。王子さまがうたうそのフレーズを受け取るために五感を集中させてというこのメッセージはシンプルでありながら気品が溢れています。あと加藤さんとしては珍しいジャニーズっぽいフレーズ。

 

奥の奥の奥だけを鳴らせ

 何を鳴らすのか。それはきっと自分の心の中にいる「こども」の声でしょう。そしてその声こそ「大切なもの」。心の中に大切に大切に閉まっているその声をただ大切にしているだけじゃいけないと言っているような気がします。また、「奥」の母音はOU。これは「僕」の母音と全く同じものです。絶対「僕」と「奥」を絡めていると思うんだ!!と声を大にして言いたい。そう思うのは「王子さま」というのは自分の中のもう一人の自分であり、その王子さまが大切にしているものは多分、普段は思っていなくても心のどこかではわかっている自身が一番守りたいものだと思うからであって。その大切にしているものを忘れているだけではいけない。大切にしているからこそ鳴らせよという警鐘のようにも思えます。

 

Let’s go and catch the beautiful sunset

 夕日が好きで好きで仕方がない王子様。この歌詞の中で夕日にわくわくするその姿は純粋で愛らしい「こども」らしさを最も持ち合わせている部分ではないでしょうか。「大切なものは、目に見えない」と言った後、目に見える美しいもの=夕日を見に行くという矛盾している行為をすることによってその言葉の重要な意義、夕日の言い表せない美しさその両方を強く持たせているように感じられます。

 

 

ここまでで韻を踏んでいるのは「澄ませ」「奥だけ」「鳴らせ」「sunset」の部分でAE。あと「瞳閉じて」の部分はIEなのですが似たような発音に聴こえます。

 

 

 

日々乱反射していく風景 溢れだすうたかたのページ

 飛行機からみえる景色と筆を持ち日記や本を書き上げる原作者の二つの側面を言い表しているかのようなこの部分。  また、加藤さんの「アイドル」としての姿と「作家」としての姿も重ねてみえます。二つの顔を持つ二人のつくり手によって生み出されたこれらの作品。だからこそ生まれた歌詞なのかなぁと思いました。あと単純に音としても、言葉としても好き。大人とこども。理想と現実。王子様と飛行士。サン・テグジュペリと自分。様々な対比を丁寧に重ねていく加藤さんを一人の言葉が好きな人間としては尊敬し、一人のファンとしては愛おしくて仕方がありません。

 

乾いた砂風に流星思い出にならないように

 これって「乾いた砂風に 流星」なのか「乾いた砂 風に流星」なのかどっちなのでしょうか。ブレスを入れている位置が砂と風の間なので後者なのかなとも思うのですが文章的には前者なのかなと。どうなのでしょう。

そのような幻想的で美しい風景を「思い出にならないように」と言っているということは今までのその記憶をただの思い出として持つだけの大人になってしまわないようにということでしょう。遠回しながらも伝えたいメッセージが確実にわかるこの言葉のチョイスがたまりません。「ように」という自戒といじらしさを併せ持つ言葉が好き過ぎてたまらない。それに加え、「ように」の発音が愛おしくて愛おしくて仕方がなくて。加藤担さん皆好きだと思うのですが共感してくれますか?

 

砂漠の夢また会う日まで ゆらめく笑み 渡り鳥の旅へ

 砂漠の夢=王子さまとの会話として捉えると再び彼と会うことを望んでいるように思えます。しかし、王子さまは微笑みながらゆらめいて渡り鳥と共に旅に出ていってしまった。それはいつ再び会えるかわからない不透明な別れであり自らから彼に会うことは到底不可能です。また「笑み」の部分が「every」と聴こえることで「こども」の頃に持っていたキラキラしたものを徐々に失っていくようにも感じています。大人とは何かを失っていくことなのでしょうか。個人的に「神様のカルテ」での「大人になったら大切なものを守れると思っていたのに大切なものが手から零れ落ちていく(ニュアンス)」を思い出してしまいました。どうなんだろう。

それとは別に「失う」「別れる」というマイナスな行為をここまで美しく昇華させていく言葉のセンスと音のつくり方には尊敬の念を抱くばかりです。あと「旅へ」の発音もかなりのツボなポイントなのですが、最初「タニーニャ」と聞き間違えたので熱く語る資格は私にはない…。

 

花咲く君を抱きしめる明けゆく夜をなぐさめる

 この「花咲く君」は咲く花=バラなのか、花を咲かせた人=王子なのか。どちらが正解なのかは作者の加藤さんのみぞ知るということですが。いつか答えを教えて欲しい。「花咲く」という暖色系のイメージと「夜」という寒色系のイメージを並べることによって幻想的でありながらもカラフルなイメージを持たせるこの部分が「小説家:加藤シゲアキ」っぽくて好きです。個人的に加藤さんの書くカラフルな文章は小説家としての大きな特徴であり武器だと思っています。

 

 

この二行で「夢」「(ゆらめ)く笑み」の部分でUE。「また」「渡り鳥」の部分でAA。「抱きしめる」「なぐさめる」の部分でEU。しかしそれ以外にもアクセントが似ている箇所が数多くあり韻好きとしては悶えます。

 

 

 

ひとつだけ、を探して

 この部分で印象的なのはやはり「、」でしょう。このフレーズに入れる「、」の効果はとてつもなく大きいもので。「、」という文章の途中に入れる記号をここにいれることでまだそのひとつを探している最中なのだということ無意識に感じさせます。ひとつは見つかるのか否か、そもそもそのひとつは存在するのか。答えの見つからない何か、つまり真理を探し続けている王子さまの姿と、その王子さまと別れた後の飛行士もまた何かを探し始めたのではないかと感じられるような気がします。また「大切なものは、目に見えない」の「、」のオマージュでもあるのでしょう。

  

“In one of the stars I shall be living

In one of them I shall be laughing“

 ここだけ「“”」で区切られているということから今までの語り手とは違う人物のセリフだということが伺えます。その内容はある意味宣言のような、宣誓のようなもので。自分とは遠く離れる誰かに向けて贈られた餞別のようにも取れます。きっとこれは王子さまがB612を離れる際にバラが彼に向けて言った不器用な愛の告白なのではないかなと思っています。

 

Bitterもいつしか Good taste になる

 英文を日本語訳したようなこのフレーズ。どこかで聞いたことのあるような内容だなと思っていたら、煙草やお酒についてよく言われるセリフでした。大人の象徴として扱われるこの二つのモチーフをこんなお洒落で美しい文章にするあたり、さすが加藤さん…。という感じです。ちなみにこの曲で一番好きなフレーズです。

 

ならこどものままで僕はかまわぬ

 先程のフレーズを見事に切り捨て拒絶するその姿はまさに「こども」であり残酷で純粋です。けれどその「こども」でいることにとても大きな意義や価値があるのではないでしょうか。そしてその価値を見出すことができることにも意味があると私は思っています。「こどものままで」が「このままで」とも聴こえるのでさらにそのメッセージ性が強く感じられるようになります。

 

秋に咲いた不時の桜は

 「不時の桜」を「藤の桜」「不死の桜」と聴き間違えたのは私です笑。この箇所が歌詞カードを見て「あぁ~!!」と一番納得した部分でした。「桜」という儚さの象徴のようなものを歌詞に組み込むことによってこの曲の持つ世界観や雰囲気を保ちながら、原作にはない新たな色を出しているところがどうしようもなく美しくて羨ましいです。そしてなにより「不時」というボキャブラリーを持っている加藤さんが格好良い。

 

次の春も咲けるのだろうか

 思いがけなく咲いた桜の木。大人になるとそれすら素直に受け入れることができないのにその先のことまでも考えることのできる「こども」ならではの発想力。そしてその感情を伝える言葉。それはきっとこどもでは選ぶことのない言葉で。そのギャップが加藤さんの器用さ、不器用さを感じさせます。そして「咲けるのだろうか」の歌い方!!区切り方!!

 

幸福にくすぐられる感傷をいつまでも

 幸福にくすぐられる環境ってきっと物凄く幸せに包まれた環境なんじゃないかと思うのですが。その中で感傷を持ち続けるということは「こども」としての純粋さ、繊細さを持ち続けるということであって。目に見えない第六感を常に研ぎ澄まさせるという忙しさに追われる大人になるとなかなかできないことをやろうとしている強さ、強かさ(したたかさ)を感じさせます。その意志の強さとは裏腹に柔らかい印象を与える言葉によってこの曲の世界観を壊さない加藤さんのバランス感覚が好きです。

 

 

ここの一ブロックの言葉のチョイス、歌い方がhipなpopの人の後ろ姿が見え隠れする所以なのかなと思っています。特に「咲けるのだろうか」の歌い方、ブレスの位置の入れ方とかが「っぽいな」と一櫻井担として思います。褒めているのか否かって言われるとうまく答えられないけれど物凄くツボであることだけはお伝えしておきたい。

 

 

 

憂鬱と喧嘩する夜を 静かな情動に沈めて

 「憂鬱」な感情ってある意味「大人」とイコールで繫がるもので。それと戦うことは大人になるかならないかという問題であるのですが、その問題を抱える時点ですでにその人は大人になりつつあって完全なこどもではない。そういう問題を認識すること自体が愚問であると言っているような気がします。

 

ひとひらの愛を愛でる 淡い灯火のように

 そういう問題を抱える前に灯火のように柔らかく真っ直ぐな愛を持ち続けることが大切で。ただただ可愛らしく柔らかい言葉が更に愛を大切に思っていることがわかります。

 

砂漠の夢また会う日まで ゆらめく笑み 渡り鳥の旅へ

花咲く君を抱きしめる明けゆく夜をなぐさめる

ひとつだけ、を探して

 二度目のこのフレーズ。一回目では漠然とした不安や悲しみで溢れていたこれらの歌詞が二回目では「こども」であることの大切さや意義を見出しているように思います。

 

Invisible to the eye

This is essential

冒頭ではコーラスの方が歌っていたこのフレーズ。原作では少し違う言い方ですがどちらも日本語訳すると「大切なことは、目に見えない」。それを加藤さんも加わって歌うということがある意味トリガーとなっているのではないでしょうか。そしてこの台詞を今まで婉曲的に言ってきたことをここで直接的に言うことにも大きな意味があると思います。ここから怒涛のように伏線回収、隠し玉投入が始まるのですがそれが凄く楽しい。

 

砂漠の夢 また会う日まで ゆらめく笑み 渡り鳥の旅へ

 ここから楽器の音もコーラスの音も小さくなっていって加藤さんの声が一番強調されていくのですけれども。これで三回目となるフレーズがまた違う姿を魅せてくれるところを感じるたびに「あぁ、この人はつくり出すことが好きで好きで仕方がないんだな」と思うのです。

 

悲しい丘を越えて 痛みかすむ海まで

 ここで今まで繰り返されてきたフレーズが変わります。王子さまと別れ、今まで過ごしてきた現実という世界に戻ることになる飛行士。きっとその世界は海のように広く、痛みを伴うことも多くあるでしょう。けれど王子さまの言葉を知っている彼は以前とは大きく変わっています。「大人」でありながら「こども」である彼はその痛みをただの痛みとして感じることではなく違う形で柔らかく受け入れることができます。それは物凄く大きな価値があるものだと思います。

 

星の光をいま

 ここまで「流星」や「stars」という言葉は出ているのですが、直接「星」というものにスポットライトを当てているのはここが初めてで。最後の最後にとっておきを持ってきたか!!という気分になります。そしてこのフレーズが終わると同時に再び一気に楽器が増え始めて。音という目に見えないものを星の光という視覚で認識する者を表現しているところがニクくて格好良いです。簡単に言えば、好き。

 

心の勇敢 軌跡に綴れ 時の冒険 果てるまでいざ進め!

 今までこの曲の語り手が飛行士であるという一番の根拠はこの部分です。それはこれが王子さまから飛行士へのメッセージだと思っているからです。最初に言ったように王子さまは自分の中のもう一人の自分です。その自分からのメッセージは自分が本当にやりたいこと言いたいことではないでしょうか。前半のフレーズは「大切なことは、目に見えない」ということを文字と絵という目で認識するもので伝える。そして自分が感じたことをそのままにしておくのではなく心の中に書き留めておいて欲しい。そして後半のフレーズの「時の冒険」を人生とするならば「果てるまでいざ進め!!」ということは一生懸命生きろ!!燃え尽きるまで抗え!!ということなんだと思うのですが。それは本の最後では消えてしまう王子さまからのメッセージとしては物凄く人間臭くて真っ直ぐで。その「こども」っぽさも「大人」っぽさも持ち合わせているところが王子さまがその飛行士のもう一つの人格であることを感じさせます。

そして加藤さんは案外、こういう熱くて真っ直ぐなメッセージが好きなんじゃないかなぁと思います。照れくさいから前面に出さないでコソッと突っ込むところが「っぽい」し愛おしいなぁと。

 

花咲く 君を 抱きしめる 明けゆく 夜を なぐさめる

ひとつだけを、探して

 三回目のこのフレーズ。回を重ねていくことによってこの言葉の意味も目的も深くなっていって。「こども」であることにも「大人」であることにも受け入れていって新たな道を見つけたそんな風に受け取れます。

 

 

 

「こどもになりたい」という意志を持ちながら使う言葉はとても凝っていて色鮮やかで。非常に大人っぽいです。それは原作の「星の王子さま」でも言えることで。使っている口調は幼いのに全体的にどこか大人びていて。そういうアンバランスさ、バランスのよさがこれらの作品の魅力なのではないでしょうか。それらを作り上げた二人の創造主は「こども」の心を忘れていない立派な大人なのでしょう。前半は言葉遊びで耳からワクワクさせ、後半では言葉の持つ力で世界を広げさせていく。これは言葉と音、両方を武器にすることができる加藤さんにしかできない芸当だと思います。そしてまさに「因数分解して再構築」という言葉が似合う曲だなぁと思っています。もともとの原作をきちんと尊敬しつつも自身の色で染めていくその姿は王子さまと飛行士の姿を思い起こさせます。そうしたら加藤さん、地でメタいじゃないですか。うわぁ、すげぇ。

 

 

ということで星の王子さま考察~活字中毒・発音フェチ・時々感情だだ漏れ~

でした。本当に私の主観で話しているので実際はそうでなかったり、全く的外れなことを言っていると思います。そして考察してて「あ、これ終わらないやつだ…」と思っていたりしましたが、物凄く楽しかったです。こんな楽しい思いをさせてくれる作品を作ってくださった加藤さんとどうしようか悩んでいた私の背中を押してくれたフォロワーさんに感謝してもしきれないです。本当にありがとうございます。

他の方みたいに「好き」という感情を素直で真っ直ぐな言葉で伝えることができなくて。こういうまどろっこしい方法でしか言えないけれど。少しでも「あ、この人NEWSさん、加藤さんのこと好きなんだな」「それだけ彼らは魅力的な人たちなんだな」って。そう思って頂けたらそれだけで十分幸せです。

 

P.S.

この記事を書くために星の王子さまにまつわる本を読んでいたら部活の方からホワイトデーのお返しに星の王子さま関連の物を貰いました笑。むちゃくちゃ嬉しかったよ!!ありがとうね!!

 

 

追記(再掲にあたり読み直してみて)

好きなモノに対して言語化することがあまり得意ではないのだけれどもどうやった自分の感情を自分が感じた世界観を壊さずに伝えられるかと考えた結果がコレだったんだよなぁと思います。何かを積み重ねていくことは裏切らない、裏切らない世界観であってくれと思っている感じが凄い。完全なる個人的な感情ですね。多分ああいうどの世代にも分け隔てなく掴み取ることが出来る題材だったからこそかけた文章だと思います。「世界」で書けるかな……難しいな……書けたら楽しいんだろうけれど。