ダイラタンシーはテストに出ます

参謀とかブレインとか言われる人が好きな人がだらだらしゃべっています。

加藤さんとキャラソンとおめでとうな話

世の中には「キャラクターソング」というものがある。アニメや漫画などの二次元のキャラクターのために作られたりファンが勝手に考えたりする「その人のための曲」のことだ。通称、キャラソン。私はこの文化が好きでよく「このキャラのキャラソンはなんだろう?」と考える。それが無茶苦茶楽しくて友人や家族にも当て嵌めていたりもする。ちなみに母はマキシマム ザ ホルモンの「パトカー燃やす」だし、友人のあの子は及川光博の「愛し愛されまSHOW☆」だ。勿論、自担にだってキャラソンはある。それは当たり前のことのように人それぞれ違うのだけれどちょっと私が思う「加藤さんのキャラソン」の話を聞いてキャラソンくれない?今日はそんな話。

 

BE FUNKYは偉大なのは当たり前だ

加藤シゲアキさんのキャラソンはなんですか?」と聞いたときに多分7割8分ぐらいのNEWSファンの方は「BE FUNKY!」と答えるんじゃないかなと思う。加藤さん初主演のドラマの主題歌で歌詞も物凄いリンクしていて最高に盛り上がる曲。泥臭くてハチャメチャで、でもキラキラしているそんなこの曲は今までの加藤さんもこれからの加藤さんも象徴してくれる強くて最高の曲であるに違いない。むしろそうあって欲しいとすら思ってしまうのは当たり前のことだろう。でも私の中での「加藤シゲアキ」「加藤成亮」両人のキャラソンは「BE FUNKY!」ではない。加藤成亮加藤シゲアキになったことを「BE FUNKY!」以上に実感する曲がある。それが「Fighting Man」だ。

 

Fighting Manのクレバーさ

この曲は端的に言うと「現状維持のままの人々に警鐘を鳴らす曲」だ。一定の立場にいていつものルーティーンをこなすのも勿論凄いことだけれどちょっと殻を破ってみない?変わり映えのしない毎日で大丈夫?ちょっと挑戦してみようよ、失敗したら失敗したで良い経験になるんだから。やってみた失敗よりやらない後悔の方が後々しんどいよ。という大人で芯があって頭の回転の早そうなことをサクッと言うこの曲。そうして一歩踏み出す勇気を与えてくれる、立ち止まっている自身をグイッと引っ張ってくれる、強くてスマートでクレバーで素敵な曲だ。こういう一歩引いてから物事をみる姿勢だったり、そこからの問題点や改善策を洗い出す姿は加藤さんによく似ている。「物事を多面的にみることができる」ということを自分の長所に挙げていた加藤さんならではの危機感の持ち方だし、提案の的確さや無茶ブリ感も頭の良い人の考え方のように感じられる。なんだか、加藤さんの思考回路(表向き)のように思えてならない。私はこの考え方を実践するのはしんどいことを身を持って体感しているけれど物凄く好きで、愛している。そんなカッコいいことを言える彼が、彼らが最高に素敵だと思う。こんなこと言われたら惚れるしかないじゃないか。

 

皆、戦ってる

でもそれだけじゃない。「今のままでいいのかい?」「傍観者じゃNO NO」と問い続ける、繰り返し歌う彼らは誰かに向かって言っているようで自分に言い聞かせているように思えるところが尚更素敵だ。凄い。最高だ。それは多分、この曲が「You are Fighting Man」ではなくて「We are Fightinig Man」と言っているからなんだと思う。立ち止まってしまっているのは実は貴方だけじゃなくて歌う自分自身もそうであるんだよ、不安なのはだれでも一緒なんだよということを暗に示している。完璧そうにみえてしかもそれを否定しない、そんな強かな姿をみせるくせに実は不安や危機感を抱きながら必死に生きていてもがき続けているのは彼らも同じなのだ。そういうところがNEWSという都会的で涼しい顔をしているのに秘めた闘志を持ち続けているグループにとてもよく合っていた。そんなところが大好きだった。今でも愛している。そして端正な顔で凛と立つ加藤さんを無意識に重ねていた。発売当時の加藤さんは皆の輪の中にいる「シゲ」とそれを冷ややかにみつめる「成亮」という二人の人間がいたように思える。それは私自身が当時なんとなく感じていたものを今になって振り返り、今現在と比べてみて思うことであるので正しくはないし、多分違う。でもその頃の加藤さんと同世代の知人達は似たような悩みを持っているし、その頃の加藤さんの言葉達からはそう感じ取ることができるのもまた事実だ。「こんなはずじゃないのに」「まだまだできるのに」そういう感情を持っていた加藤さん、「これで大丈夫なのか」「こんな俺でいいのか」という不安を抱いていた加藤さん。涼しげな顔の裏にあった思考回路(裏の顔)が他人事のように思えなくてその感情達が物凄く人間くさくて仕方がなかった。この曲は加藤さんのようだと思った。強いのに弱い。真っ直ぐなのにひねくれている。自信があるのに不安を隠せない。アンバランスではあるけれど生きていく中で当たり前に生まれる感情だ。それを抱き続けながらアイドルとして立つ加藤成亮が愛しかった。大好きだった。そんなことをこの曲が発売されてから7年近く経って振り返ってみてなんとなくだけれど感じる。そして今でもそんな加藤成亮を愛せずにはいられない。誰が何と言おうと彼は今でも大切な大切な私のアイドルだ。だから私は「加藤成亮のキャラソンはFighting Manだ」と言う。

 

加藤さんが新たに戦う時

だけれどそれだけじゃ終わらないのが加藤さんで。でもこの曲が言うように今のままで良いわけではない、傍観者でいても何も始まらない。だからこそ、加藤さんはペンを取った。「ピンクとグレー」を書き、「加藤成亮」から「加藤シゲアキ」になった。私はあの時、ペンをとるという選択をした加藤成亮が今でも大好きだ。加藤さんは小説を書いた理由が「NEWSというグループにおける自分の存在価値を見出したかったから」であると再三再四言っている。そうして加藤さんが「アイドル」という常識を壊してその一歩を踏み出した瞬間を私はこの曲に重ねてしまう。「今のままでいいのかい」という問いかけでもあり、反語でもあるこの言葉に対しての答えをあの時の加藤さんは身を持って示してくれているような気がするのだ。それが物凄くカッコよくて嬉しくて。加藤シゲアキここにあり!!という感じがしてたまらなかった。未だにあの時のゾクゾクとした感情を忘れることができないし、忘れることはないだろう。それに加えて「加藤成亮」として抱いていた様々な不安や心配を糧として小説家の道を歩き始めたところがたまらなく好きだ。不器用で真っ直ぐでそれでも諦めずに何度もブツかっていくところが最高に好きだ。そんな大きなスタートをきった、ステップを乗り越えた瞬間のファクターとしてFighting Manという曲があるように思えてならない。だってあの時の加藤さんはFighting Manでしかないのだから。この曲のままでしかなかったから。上手くは言えないけれど。

 

今日もそれぞれ楽しく頑張っているよ

Fighting ManはNEWSというグループが6人であった時の最後の曲でもある。それは何の因果かわからない。「一歩踏み出せよ」と歌っていた彼らが一歩踏み出した結果が今なのだから。皮肉と捉えざるを得ないかもしれない。それでも私はこの曲が最後の曲で良かったと思っている。それぞれがそれぞれなりにちゃんと前を向いて歩いているのだから。バラバラの道でなかなか交わることはないけれどそれぞれが歩みを止めずに全速力で進んでいられている気がするのだ。勿論しんどいことも悲しいことも沢山あったし、これから先もそういうことはあるだろうけれど、それでも彼らはガムシャラに必死に生きて戦っている。だからこの曲が最後の曲として旅立ちの曲としていてくれて良かったと思うのだ。だからあの時過去をひきずることを選び、今は過去を参考にするようになった加藤さんにとっていつかこの曲がネガティブなものだけではなくポジティブな感情も含まれた道標となっていて欲しいと思っているし、きっとそうなっているのじゃないかなと個人的には思う。確かにあの時のNEWSというキラキラしたものは守れなかったかもしれない。間に合わなかったかもしれない。けれどそれでも4人のまた再構築されたNEWSというグループをキラキラを加藤さんの言葉達が更に輝かせていることも事実だ。「小説家:加藤シゲアキ」という存在は確実にNEWSの大きな武器になっている。だからこそ加藤さんは今も文字を紡ぎ続ける。あの時守れなかったからこそ、今のNEWSをつくりあげるために言葉を綴る加藤さんは強い。それでいて楽しそうで素敵だ。

 

加藤さん、拡声器マジで似合うよね

話は大きく変わるけれど、曲中にオモチャのような拡声器を持って叫ぶ加藤さんが凄く好きだ。オモチャの拡声器だからいつものワイヤレスマイクみたいにクリアな音声ではない。広く響くものではない。音は割れてしまうし、すぐにハウリングしてしまう。でもそんな拡声器だからこそ良いのだ。届かないかもしれない、でももしかしたら届くかもしれない。そんな小さな可能性を持たせてくれる拡声器はこの曲の象徴のように思えてならなかった。「毎晩 病んで 泣いて ないて?」というこのままじゃダメだということを理解していながらも動けないことを表している言葉達への返答のように感じられる「挑戦したらいいじゃん ありのまま 思うがまま」というメッセージ。それを不確定要素のかたまりである拡声器で伝えようとしているところは皮肉で世の中の現実をみせているようで残酷だ。でもわずかな希望を捨てない、捨てられないようにみえてこの曲の本質を捕えているように思えた。そして拡声器を持って叫ぶ加藤さんはそのことを頭よりも先に心が理解しているように思えてならない。それがなんだか物凄くカッコいいのだ。うまく言葉にできないけれど。多分、俗にいう「エモい」という言葉を体現しているのに違いない。

 

加藤シゲアキ、覚醒

そして多分、今の加藤さんがあのオモチャの拡声器を持って叫ぶ時、心だけじゃなくて頭も理解して叫んでくれるんじゃないかと思う。しかも無茶苦茶楽しそうに。それが今の加藤さんだ。沢山悩んで傷付いてそうやって戦うことの意義を知った加藤さんはそこにはワクワクしてキラキラしたものも沢山あることをわかっている。だからこそちゃんと届くように伝えられるように叫ぶと思うのだ。「貴方ならできるよ」「俺も挑戦し続けてみせるよ」という気持ちを思い切り乗せて。そんな加藤さんはまさに「一皮むけた」という状態なのであろう。そうやって一回り大きくなった加藤さんはまた別の意味でガムシャラで必死にみえてワクワクする。よくRPGでモンスターを倒すと武器を手に入れられるけれど、小説という武器を手にした加藤さんは歌もダンスも更に磨きがかかった。様々な武器を手にしてアップグレードして根拠のある自信をつけて迷いを見せずに前へ前へと歩んでいる。それでいて優しい加藤さんは我々のことも前へと進めてくれる。「やるだけやってみようよ」と、「やらなきゃ始まらないよ」と。そうやって言ってくれる加藤さんは物凄く説得力があって楽しそうだ。そう考えると思考回路の表も裏もどんどんアップデートされているのだ。以前、加藤さんは自身のことをネガポジであると言っていたけれどどちらの面もプラスの方向性で強化されているように感じられる。ネガティブな部分は冷静な判断をし様々な対策や改善策を生み出せるように、ポジティブな部分は今置かれている状況を楽しめるように。そうやってどんどん強くなっていく加藤さんは物凄く眩しくて楽しそうで大好きだ。そして今までよりもパワーアップしたFighting Manのように思える。この曲のキラキラしたサウンドをテンポの良いリズムを更に魅力的なものにしてくれるのだ。一歩踏み出すことの楽しさを今の加藤さんは体現していて、みている自分自身も早く一歩踏み出したいと思ってしまう。そんな加藤さんを誇りに思う。だって最高にカッコよくて楽しそうだから。好きな人が楽しそうにしていること以上の喜びがあるだろうか。だから今聴くFighting Manは物凄く楽しそうで。挑戦することに不安以上のワクワクを持たせてくれるようで大好きなのだ。

 

結局、シゲが好きだっつーことで

いつだってどんなときだって誰だってそのままが良いわけではなくて。そのままでありつづけることなんてできなくて。でもその現実をみてみぬフリをしてしまう。それが世の常で人間だ。でもそれをちゃんとみつめるようになって現状打破をした、し続ける「加藤成亮」と「加藤シゲアキ」はこの曲のようであるように思えてならないのだ。これまで2人の「かとうしげあき」について話をしてきたけれど、いつになってもどの加藤さんも好きであるのだ。だからこれから先、好きな加藤さんが増えると思うと私は楽しみでならない。そして今現在、加藤さんを応援しているのが無茶苦茶楽しい。加藤さんがつくり出す様々なモノに色々なことを考えて、加藤さんがみせる様々な表情に色々な感情を持っていかれるのが本当に楽しい。誠実で不器用で頭の回転が早くて沢山のことにワクワクしている加藤さんをみると私自身もワクワクする。だからこの瞬間も加藤さんを応援していて良かったと思う。幸せ者だと思う。私は欲張りだから「昔の加藤成亮を今の加藤シゲアキと比べる」という行為ができない。だっていつでも好きなんだもの。その好きの種類はいつも変わり続けるのだ。確かに今までの加藤さんがあって今の加藤さんがいる。だけれどどの加藤さんも物凄く愛おしい。一分一秒ごとに一目惚れをしているような気分になるのだ。シャウティングチキンに対する愛とソルティライチに対する愛が全くの別物であるように。一瞬一瞬ごとに愛の形も色も何もかもが変わり続けるのだから。だからどの加藤さんも大切にしたい。キャパオーバーになるかもしれないけれどそれでもなんだかんだうまくやって全ての加藤さんを大切にするだろう。

 

 加藤成亮さんと加藤シゲアキさんへ

私の好きな人達は何故か年齢というものに非常に重きを置きます。貴方もその中の一人です。彼らは30歳になることに謎の焦燥感を抱いたり、大きな安堵感を抱いていて。そうやって一歩を踏み出し、立ち止まり、遠回りをして時々死にそうになりながら、楽しそうに人生を歩んでいます。そんな人達ばかりをみていました。きっと貴方のことだから、先人達の戸惑いを知らんぷりしているようにみせかけてじっと観察していたことでしょう。そして30歳という大きな節目を迎えるために幾重にも幾重にも様々なものの準備をしてきたことと思います。身体的な面でも精神的な面でも、感覚的な面でも技術的な面でも、来たる7月11日に向けてコツコツと積み上げてきたのだと思います。きっとワクワクしながら30歳という通過点を通るのでしょう。30代という新たなステージに夢と希望とありったけの愛を持って飛び込むのでしょう。

ぶっちゃけこんなに安心して好きな人の30歳を迎えるのは初めてです。積み重ねてきたモノを確実に実らせているから。今まで逡巡してきた様々なコトへの回答を生み出しているから。そんな貴方が物凄く誇らしくて自慢で愛しいのです。でもちょっぴり寂しいです。葛藤する貴方が好きだから。もがく貴方が好きだから。きっと闇雲に歩き続けることはもうないのかもしれません。それがほんの少しだけ寂しいのです。そういうところを私自身と重ねているから。好きな人との共通点があることって嬉しいものです。無くなってしまうのは残念であるけれどでもそれ以上に前進する貴方が素敵なので何の問題もありません。

だからこそ戦い続ける人でいてください。様々なモノに挑み続ける人でいてください。時々、「しんどい!!」と言いながら隠しきれない負けず嫌いを抱えて立ち上がってください。アイドルという武器を小説家という武器を使って手を替え品を替え戦ってください。ワルプルギスの夜に挑み続けるほむらちゃんのように、ゼルエルに向かうNERVの人々のように。「人事を尽くして天命を待つ」。沢山の武器を、様々な色眼鏡を持つ貴方らしい戦い方で。貴方が貴方らしく幸せになれるように。ささやかながらですが願っております。