読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ダイラタンシーはテストに出ます

参謀とかブレインとか言われる人が好きな人がだらだらしゃべっています。

「カッコいい大人」

リオオリンピックの閉会式が今日行われた。次回の開催地である東京が紹介された。世界一有名な水道管工が、世の中で一番愛されているネコ型ロボットが、cawaiiの原点であり象徴であるネコがその画面上で我々に夢を希望をワクワクを与えてくれた。凄くカッコよかった。何かもう、それだけしか言えなかった。「すげぇ!!」「かっけぇ!!」と言う言葉を何度も何度も繰り返していた。そんなキラキラしててカッコよくて仕方がないものを作っているのが私が大好きな大人達だということを知って物凄い誇りに思った。「私の好きな大人達がこんな凄いカッコいいもの作ってるんだよ!!凄くない!?」って誰かに言いたくなった。誰かと共有したかった。でもできなかった。

 

それはきっと私が人見知りで誰かに話しかけられないこともあるだろうし、今日が台風の脅威にさらされた日で人になかなか会えない日だったこともあるだろう。それよりなにより私は受験生だ。周りの子も受験生だ。皆将来のために必死になって勉強している。そんな彼らの貴重な時間を私のワクワクを費やすのは忍びなかった。だって10分間のあの動画を見ている暇があれば大問の1つや2つは解くことができる。いつまでも覚えられない英単語も数学の公式もホルモンの名前も気候も覚えられるかもしれない。そう思ったら言えなかった。多分優しいあの子は聴いてくれるけれど「そうなんだ~」って苦笑いして終わるだろう。残るのは気まずい空白と私の心に残る罪悪感だけだ。だからTwitterで呟いた。140字に詰め込みきれない思いを詰め込んだ。でも私の記憶容量は小さ過ぎてみた瞬間に抱いた感情を全ては呟ききれなかった。物凄い悔しかった。呟ききれないことにもこんな時期にそんなことを呟いている自分にも何もかもが悔しくて虚しくなった。うわーってなってパソコンを開いた。終わっていなかった卒業文集の文章を完成させて取り込んでいなかった大量のCDを取り込んでここでパソコンのキーを打っている。きっとこの時間は無駄なんだろうけどでもここでぐずぐず言わないとまた私の世界が崩れてしまう気がした。だからキーを打つ。

 

カッコいい大人が大好きだ。そういう大人が輝けるこの世界が好きだ。本当に好きで好きで仕方がない。だから私が大人になった時そういう風に思われる大人になろうと決めた。そういう大人になりたくて、彼らの背中に追い付きたくて。どうすればいいかスズムシのような脳みそをカラカラ鳴らして考えた。カラカラ。コロコロ。ピーン。そうして出た答えの一つが「無茶苦茶勉強すること」だった。勉強をいっぱいして使えない頭を使えるようになったらカッコいいあの人達みたいになれるかもしれない。勉強をして頭の良い人達がいっぱいいる学校に行ったらあの人達みたいな人に会えるかもしれない。そういう「夢」とか「希望」とかを原動力にして頑張った。頑張ったかいがあって今私は世ではすげぇ!!って言われる学校に通っている。この学校にいることは私の数少ない誇りだったりする。だって無茶苦茶頑張ったもん。だから自慢してしまう。私,頑張ったんだ!!いえーい!!って。私この学校の生徒で楽しくやってるんだ!!うわーお!!って。そうやって半分誇りに半分恥ずかしがりながら私は私のみている世界を広げた。実際その学校に通っている子は自分が思い描いていたカッコいい人たちばかりじゃなくて自分を同じように普通の高校生ばっかで。あの時に抱いていたものは幻想のパーセンテージが多めだったけれど。確かにみたくないものもいっぱいみたけど。経験したくなかったことも経験したけど楽しかったから後悔はしていない。というか後悔したくない。自分のみる世界はちゃんと広がったから。そうやって大人になっていくんだって誰かが言っていたから。その誰かが言うには傷付かないで大人にはなれないらしい。てめぇはどこぞの青春漫画の主人公かっつー話なんだけど。でもそうやって少しはあの時に憧れていたカッコいい大人に近付けたかなって思ってた。だからあの映像をみた時に「あぁ、やっぱりこの人達はカッコいいなぁ」って思って凄い嬉しくなっちゃってしまったんだと思う。でもそれを共有できなくて「悔しい」って思ってしまった私はまだまだ子供だ。まだまだ彼らには足元にも及ばないんだ。

 

そう思ったらなんだかスッキリした。うわーってなった原因である開会式の映像をもう一回みて、モヤモヤの一因だったSMAPさんのこともさっき流れたSMAP×SMAPのOPをみてなんかが少しだけ晴れた。この世はやっぱり汚くて不条理で自分はみじめで頭でっかちだけれどこの世界には物凄いカッコいい大人達が必死になってこんな凄いカッコいいものを創り上げていてそれを認めてくれる世界なんだって思ったらやっぱり嬉しくて。共有できないことは確かに悔しいことだけれどそれを共有できないんだったら逆に自分の原動力にすればいいんだって思えた。今度はその感情を共有できる場所にいられるようにもっともっと勉強して色々な人と喋ることのできるところに行けばいいんだって思った。そうやって自分に不利なことを嬉しくないことを悔しかったことを原動力にするのは私の得意技だ。それは私が身に付けた数少ない処世術だ。「何かを嫌う」ことが大嫌いな私の無理矢理身に付けた処世術だ。「カッコいい大人」に憧れる私が「カッコいい大人」になるために小学生の頃からやってきてここまで来ることができた方法だった。

 

話は175度ぐらい変わるけれど私の自坦と呼ばれる人はもの凄い人間くさくて仕方のない人たちだ。すぐにうじうじするし、仕事中に無茶苦茶幸せそうにビール飲んでるし、コンサートではよく叫んでいる人達だ。飛び抜けて歌がうまいわけでも踊りが上手なわけでもない。でも彼らは最高に「アイドル」だ。彼らが彼らのフィールドで最高にアイドルとして輝ける方法を探し続けている。その姿は物凄くカッコいい。時々、私は彼らのことを「自分の血反吐を親指でグイッと拭い去って不敵に笑って立ち続ける人達」という風に説明するのだけれど本当にその通りなんじゃないかなって思ってる。だって物凄くカッコいいから。そんな生き様がとてつもなく素敵で仕方がないから。それに加えてさらに彼らがカッコいいのはそういうことをしている自分がカッコいいことを知っているってところだ。自分の血反吐を自分で拭い去ることを、不敵に笑うことを自分の本能としてもやってのけるけどそこに需要があることを彼らの中のもう一人の彼は知っているところが凄い好きなんだ。そうやって計算高いところだったりもう一人の自分が自分をみていたりするところが物凄く人間くさくて一人の大人らしくて好きなんだ。そんな人間くさくてしかたがない人達が「アイドル」という偶像をつくりあげる職業で輝いていることが素敵なことだと思っていてそんな彼らが受け入れられ、愛されているこの世界が良いなぁって思う。そしてそのことを気付いていないフリをしながら気付いていてそのことを凄く嬉しく思っている彼らがまた良いなぁって思う。辛いことがあったら強めのお酒を飲むところも、嬉しいことがあると「今日はいいお酒が飲めそうです!!」ってくったくのない笑顔で言うところも好きだなぁって思って。そういうところで彼らが辛いことをなかったことにしたり幸せを噛み締めていたりしているんだって思えて「あぁ、この人達カッコいいなぁ」って凄く思って愛おしく感じる。だから私は櫻井翔を、加藤シゲアキを、横山裕を、「カッコいいアイドル」の代表格としてあげるし、それをつくりあげた基礎の桜井翔は、加藤成亮は、横山侯隆は、「カッコいい大人」なんだって言い続ける。

 

私はそんなカッコいい大人をいっぱい知っている私がほんの少しだけ好きだ。私のみている私が創造主のこの世界はそういうカッコいい大人達に溢れている世界で。その世界を持っていることをほんのちょっぴりだけ自慢に思っている。きっとそんな私はこれから先もっともっとカッコいい大人達を知ることができるし、私のみる世界はもっともっと広く深くなっていくのだろう。そうやってうじうじしている私に呼びかける。もうちょい頑張ろうよって。貴方の憧れる「カッコいい大人」になろうよって。